
2025年5月にアイスランドのレイキャビクで開催されたEVE Fanfestにて、CCP GamesはEVE Frontierの重要な技術基盤である「EVE Net(イヴネット)」について詳細なプレゼンテーションを行いました。CCP Sonheim氏とCCP Router氏によるこのセッションでは、ブロックチェーン技術を活用した新たなデジタル宇宙の構築方法と、その意義について深く掘り下げました。本記事では、このプレゼンテーションの内容を解説し、EVE Netがもたらす革新的なゲーム体験について考察します。
現実とデジタル世界の境界線を超えて
プレゼンテーションは印象的な問いかけから始まりました:「現実とは何か?」CCP Sonheim氏は聴衆に目を閉じるよう促し、視覚がなくても重力の存在を感じることができるように、デジタル世界もログアウト後も存在し続けることができるという考えを提示しました。
従来のゲームでは、プレイヤーがゲームを終了するとその世界との接続は切れてしまいます。しかし、EVE Netはその境界を取り払い、ゲームクライアントの外でも、CCP Gamesのデータベースの外でも存在し続ける「デジタル現実の永続的層」を作り出すことを目指しています。
EVE Netとは何か
EVE Netの本質は「デジタル物理学(Digital Physics)」に基づいた永続的で検証可能な現実層です。従来のゲームでは、サーバーが停止すれば全てのデータが失われるリスクがありましたが、EVE Netではプレイヤーが構築した構造物、ロジック、アイデンティティなどがブロックチェーン上に記録されます。これにより:
- 永続性: プレイヤーがログアウトしても、CCPのサーバーが停止しても、構築したものは存在し続けます
- 所有権の明確化: オンチェーンのデータはプレイヤー自身のものとなり、ロールバックや削除の心配がありません
- 検証可能性: 全ての行動や取引が検証可能となり、信頼の基盤を提供します
これにより、EVE Frontierは「世界初のサーバーサイド大規模改造可能MMO」として位置づけられています。プレイヤーはサーバーにアップロードするのではなく、世界に「コミット」するのです。
EVE Netが実現するモディング革命
EVE Netの最も革新的な側面の一つは、従来のモディング(Modding=MOD制作)の概念を根本から変えることです。プレゼンテーションでは、子供時代の部屋を例に挙げ、自分の空間を主張し、自己表現し、所属感を持つという人間の本能的欲求について触れました。
EVE Netは単なるモディングツールではなく、プレイヤーが書き込める共有データベースであり、デジタル物理学によって統治されるプログラム可能なキャンバスです。プレイヤーは宇宙船、システム、都市を構築しながら、アクセス権限、ガバナンスなどの現実世界の概念を実装できます。
具体的な例として:
- 特定の条件下でのみジャンプを許可するゲート
- 敵の宇宙船に反応するタレット
- 成功した撃破後に報酬を請求できる賞金ハンターシステム
重要なのは、これらの機能がCCP Gamesによって作られたのではなく、プレイヤー自身によって構築されたという点です。これは「トップダウンのコンテンツ」ではなく、「ボトムアップの革命」なのです。
EVE NetとEVE OnlineのAPIの違い
EVE OnlineのAPIは基本的に「読み取り専用」であり、データを見ることはできても書き込むことはできません。一方、EVE Netでは世界に「書き込む」ことができ、ロジックをプログラムすることができます。
プレゼンテーションでは、「Atlas Map Create」というプレイヤー作成のマッピングツールが紹介されました。このツールはEVE Netを活用してリアルタイムのインテル共有機能を追加し、ゼロ知識証明を用いてスキャンデータの真正性を証明しています。
また、最近開催されたハッカソンの優勝プロジェクト「Mine Hall」は、物流、アクセス制御、自動化の新たな層をゲームに導入しました。ステーション外のトライバル・インフラストラクチャ向けに、自動分配システムを設定できるようになり、採掘オペレーション、インベントリ、アクセスを手動の微細管理なしで管理できるようになりました。
世界の中の世界
EVE Netの可能性はFrontier内に限定されません。プレイヤーは「世界の中の世界」を構築することも可能です。同じハッカソンでは、EVE Netのオンチェーンデータを使用して手続き的に惑星を生成するプロジェクトも発表されました。これらの惑星は周囲の世界の変化に応じて時間とともに進化します。
あるチームはUnityベースのシミュレーションと連携した惑星を作成し、人口、成長、行動を追跡し、すべてがEVE Netのアクティビティによって動的に形作られるようにしました。これは「ゲーム内のゲーム」、「シミュレーション内のシミュレーション」を創造し、プレイヤーが訪れたことを記憶するポケットユニバースとなります。
課題と将来の展望
EVE Netはまだ進化中の若いシステムであり、いくつかの課題があることも認識されています。例えば、12のパスフレーズ(authentication)の複雑さは初期の段階では理想的ではありません。しかし、開発チームはこれらの問題を解決し、プレイヤーがシームレスにゲームに参加できるよう、「見えないシステム」を構築しています。
アカウント抽象化(Account Abstraction)の実装により、技術的な複雑さを背景に退け、プレイヤーが単にゲームをプレイしながら世界を構築できるようにすることを目指しています。ハリー・ポッターの世界のグリンゴッツ銀行の金庫ドアを例に挙げ、ゴブリンが指先で簡単に開けられるように、複雑なシステムを単純な操作で利用できるようにする構想が示されました。
EVE Netに関するQ&A
プレゼンテーション後のQ&Aセッションでは、以下のような重要な質問と回答がありました:
1. キーを紛失した場合はどうなるか?
現在のシステムでは12のパスフレーズ1を記録・記憶する必要がありますが、次世代のEVE Netでは、EVE Frontierクライアントへのログインと同じ方法で簡単にアクセスできるようになる予定です。また、鍵自体が全てを所有するのではなく、ブロックチェーン上のスマートコントラクトが所有権を持ち、プレイヤーは異なる署名者や鍵でアクセスするようになります。
2. プレイヤー間の信頼構築について
CCP Routerは、デジタル物理学のルールを作成することに焦点を当て、その境界内でプレイヤーが互いに騙したり詐欺を行ったりすることも可能にする方針を説明しました。評価システムなどのツールはプレイヤー自身が作成できますが、ゲーム内では信頼でき、サードパーティ製アプリケーションでは自己責任という明確な区別をつけたいと述べました。
3. 悪意あるプレイヤーからのデジタルアイデンティティの保護
コミュニティの信頼に依存する必要があり、それがゲームプレイを面白くする要素でもあります。また、アカウント抽象化の実装により、アイデンティティの一元化とユーザー自身によるキー管理の両立を目指しています。
4. 資産の自己主権性と移植性
CCP Routerは、チェーンが所有権を持ち、プレイヤーはこれを完全にコントロールできるという考えを強調しました。ただし、「デジタル物理学」の観点から、アイテムの位置は尊重される必要があります。例えば、スマートストレージユニットに入れられたアイテムはチェーン上で鋳造されますが、元のゲート以外の場所からゲームに戻すことはできません。
5. ゲームイベントのチェーンへの追加
既にkillはチェーン上にあり、誰が誰を殺したか、どの船が使われたか、いつどこで起きたかといった情報が記録されています。これは任意の情報であり、被害者または殺害者として公開するかどうかを選ぶことができます。この情報は、スマートタレットやスマートゲートなど、チェーン上の任意のアイテムやスマートコントラクトが読み取り、決定を下すことができます。
6. ブロックチェーンの不変性と問題行動への対応
MUDと呼ばれるフレームワークを使用して世界を構築しており、現段階では問題があれば世界を更新することができます。長期的には鍵を共有し、最終的には鍵を捨てるというロードマップで完全な分散化を目指しています。
7. 51%攻撃やその他の脆弱性の可能性
独自のプライベートチェーンを持つのではなく、より大きなネットワークの一部になることの力を強調しました。51%攻撃2には膨大な計算能力や資産が必要であり、ゲームの価値と参加者が増えるにつれて、そのような攻撃は経済的に実行不可能になるとの見解が示されました。
8. 投機的プレイヤーによる市場歪曲の可能性
これは起こり得ることであり、防止するのではなく、プレイヤーがこのエコシステムに参加できるインフラを構築することに焦点を当てています。デジタル物理学の境界内であれば、プレイヤーの活動を制限する予定はありません。
9. カジノなどの法的に問題のある活動について
ゲームクライアント内では国の法律に違反する活動を制限できますが、分散型ネットワークであるEVE Net上では技術的にコントロールが難しい側面があります。CCPはゲーム内のインフラを提供しますが、Frontier外では、現実世界と同様に自己責任となります。
まとめ
EVE Netは、単なるゲーム機能の追加ではなく、デジタル所有権、永続性、創造性の概念を根本から変える野心的な取り組みです。デジタル物理学に基づく不変のルールを構築しながらも、プレイヤーに前例のない自由と創造力を与えることで、EVE Frontierは従来のMMOの枠を超えた新たなデジタル宇宙を創造しています。
プレイヤーはコンテンツの消費者から創造者へと変わり、自分たちが建設した世界はログアウト後も、さらにはCCP Gamesが存在しなくなった後も存続し続けるというのは、ゲームデザインの新たなパラダイムであり、デジタル世界と現実世界の境界線を曖昧にする野心的なアプローチといえるでしょう。
この記事は2025年5月のEVE Fanfestで行われたプレゼンテーション「EVE Net – Fanfest 2025」の内容に基づいています。
- パスワードの一種で、複数の単語や文字列を組み合わせて作成された長い文字列のこと。通常のパスワードよりも文字数が多いのが特徴で、セキュリティを強化するために用いられる。 ↩︎
- 51%攻撃(51% Attack)とは、ブロックチェーンにおける取引の承認アルゴリズムの脆弱性を利用した攻撃手法。ネットワーク上の計算量の51%以上を支配すれば、多数決によってブロックチェーンネットワークをコントロールし、不正な取引やマイニングの独占を行うことができる。 ↩︎
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