
2025年5月にアイスランドのレイキャビクで開催されたEVE Fanfestにて、CCP Gamesは「EVE Frontier:Inventing the Universe」と題したプレゼンテーションを行いました。このセッションでは、CCP Relativistic氏(計算天体物理学のPhD保持者)が、EVE Frontierの宇宙生成システムについて詳細な解説を行いました。本記事では、プレゼンテーションの内容を要約し、EVE Frontierのユニークな宇宙設計の背景にある科学的アプローチと創造性について掘り下げます。
宇宙創造の意義と背景
CCP Relativistic氏はまず、「ビデオゲームのために宇宙を創造する」という行為の意味について問いかけました。EVE Frontierは、EVE Onlineと同じCarbon開発プラットフォームを使用しているため、太陽系、星座、リージョンといった階層構造を持つことになります。通常、星座は数十の太陽系を含み、リージョンは数百の太陽系から構成されます。
「なぜわざわざ複雑な宇宙生成にこだわるのか?」という問いに対して、氏は以下の理由を挙げました:
- EVE Onlineが20年以上前に先例を作った:EVE Onlineの初期マップは、「拡散律速凝集(Diffusion-Limited Aggregation)」という結晶成長をモデル化する物理学的手法を用いて作成されていました。
- 科学に根ざしたゲーム開発:EVE Frontierの主要な柱の一つは「科学に根ざす(grounded in science)」という概念です。宇宙船や宇宙の設計において、科学的知見を参考にする姿勢を大切にしています。氏は冗談交じりに、この原則を「科学に根ざす→科学に基づく→科学からインスピレーションを得る」という段階で適用していると説明しました。
- 不変の世界を作る:特にブロックチェーン技術との関連で、物理法則に従う不変の世界を作ることで、そこから自然にゲームプレイの仕組みが生まれると考えています。
三つのブラックホールを持つ銀河の設計
EVE Frontierの宇宙設計の出発点は、クリエイティブディレクターのCCP Maximum Catsからの挑戦的な提案でした:「三つのブラックホールによる重力レンズ効果を持つ宇宙」というビジョンです。通常、銀河の中心には一つの超巨大ブラックホールが存在するとされていますが、EVE Frontierでは三つの超巨大ブラックホールが中心にある銀河を創造することになりました。
CCP Relativistic氏は自身の博士課程で使用したコードを再利用し、三つのブラックホール周辺での光の屈折をレイトレーシングする36時間のシミュレーションを実行。これがEVE Frontierのキービジュアルのインスピレーションとなりました。興味深いことに、現実の宇宙でも近年、三つの銀河が合体している様子が観測されています。
銀河の生成プロセス
三つのブラックホールを中心に持つ銀河を生成するために、以下のステップが踏まれました:
- 単一銀河の構築:銀河の基本的な構成要素(中央バルジ、円盤、ダークマターハロー)を考慮し、Lars Hernquistが1992年に提案した銀河生成モデルを実装しました。
- 三つの銀河の設計:大・中・小の異なるサイズのブラックホールを中心に持つ三つの銀河を生成。二つは同一平面上にありますが、一つは傾いた軌道を持つように設計されています。
- 重力計算の最適化:すべての粒子(星)間の重力相互作用を計算するために、Barnes-Hutアルゴリズムを採用。このアルゴリズムは、遠くの粒子群をまとめて扱うことで計算量を大幅に削減します。精度と速度のバランスを取るためのパラメータθを調整しています。
- 運動方程式の数値解法:通常のオイラー法ではなく、エネルギー保存性と安定性に優れた「リープフロッグ法」を採用して粒子の動きを計算しました。
- 銀河衝突のシミュレーション:約24,000個の粒子(星)を含むシミュレーションを実行し、三つの銀河の合体過程を計算。シミュレーションの中から特定の時点を選び、それがEVE Frontierの宇宙となります。このマップは実際にゲーム内でも見ることができるとのことです。
太陽系内コンテンツの生成
宇宙の大規模構造が決まったら、次は各太陽系内の詳細を生成します:
- 星の特性生成:シミュレーションの各粒子には質量が割り当てられており、「初期質量関数」と呼ばれる確率分布からサンプリングされています。質量から他の特性(光度、半径、温度、スペクトル型など)が計算されます。例えば、星の光度は質量の4乗に比例するという天体物理学の法則が適用されています。
- 惑星系の生成:完全な惑星形成シミュレーションは計算コストが高いため、簡略化されたモデルを採用。原始惑星系円盤の質量から惑星を「すくい取る」アプローチで、効率的に惑星を配置します。
- 衛星(月)の生成:各惑星の周りに衛星を配置し、それぞれの特性を決定します。
ゲームプレイコンテンツへの応用
宇宙の物理的構造が生成されたら、最後にプレイヤーが実際に探索し、相互作用できるコンテンツを配置する必要があります:
- インフラストラクチャ:スターゲート、ステーションなど、古代文明の遺物や現存する社会の建造物。
- 天然資源の分布:星の特性に基づいて資源の分布を決定します。例えば、高い金属量を持つ星の周りでは金属が豊富な小惑星が見つかりやすくなります。
- 太陽系内の資源配置:太陽系内でも、資源は特定の場所に集中する傾向があります。例えば、ラグランジュポイント(L点)と呼ばれる重力平衡点には小惑星が集まりやすいという天体力学の知見を活用。実際に、EVE Frontierの全太陽系でこれらのL点が計算されています。
このように、物理法則と天文学の知識を活用することで、自然な資源分布のデザインが「ほぼ無料で」得られるというメリットがあります。プレイヤーは、特定の資源を求めて特定の特性を持つ星系や惑星を探すという、探索の深みが生まれるのです。
まとめ
EVE Frontierの宇宙生成システムは、計算天体物理学と創造的なゲームデザインの融合から生まれました。三つの超巨大ブラックホールが中心にある独特の銀河構造は、科学的なシミュレーションに基づきながらも、従来の宇宙ゲームにはない独自の世界観を作り出しています。
このアプローチにより、プレイヤーは「物理法則に従った」宇宙を探索しながらも、三つのブラックホールが織りなす奇妙で美しい宇宙の姿を体験することができるでしょう。科学に根ざしながらも、科学の限界を超えたビジョンを追求する姿勢は、EVE Frontierの野心的な挑戦を象徴しています。
実際のゲームプレイでは、この物理的に生成された宇宙がどのような形でプレイヤー体験に影響するのか、今後の展開が非常に楽しみです。
この記事は2025年5月のEVE Fanfestで行われたプレゼンテーション「EVE Frontier: Inventing the Universe」の内容に基づいています。
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