はじめに:プレイヤーが創造するエコシステム

EVE Online ファンフェス2025で行われた「Third-party Tools, ESI, and You!」のプレゼンテーションは、EVE Onlineのエコシステムにおいて重要な役割を果たしているサードパーティツールについて、開発者の視点から詳しく解説したものです。

登壇者のNohus Bluxome氏は2010年からのEVEプレイヤーであり、現在は「Rift Intel Fusion Tool」の開発者として活動しています。この記事では、彼の経験とプレゼンテーション内容を通じて、EVE Onlineのサードパーティツール開発の世界を理解していきましょう。

講演者の背景:ゲームプレイからツール開発へ

Nohus氏の開発者としての歩みは、EVEプレイヤーにとって非常に共感できるものです。2010年にEVE Onlineを始めた彼は、多くのプレイヤーと同様に、ゲーム内での課題を解決するためのツールを必要としていました。

第一のプロジェクト:Neon(2014年)

Nus氏の最初のプロジェクトは2014年にスタートしました。当時、彼はハイセクでマイニングを行っており、以下の課題を抱えていました:

  • どの鉱石を採掘すべきか
  • どの鉱石を精錬すべきか
  • どこで売却すべきか
  • 輸送コストをどう考慮するか

興味深いことに、このツールを完成させた後、Nohus氏は「ハイセクマイニングを最適化する最良の方法は、マイニングをやめることである」という結論に達しました。これは多くのEVEプレイヤーが体験する典型的な学習曲線を表しています。結果として、マイニングをやめた彼はツールの開発も停止し、リリースすることはありませんでした。

第二のプロジェクト:名前のないEVEアプリ(2017年)

2017年、Nohus氏は二度目のプロジェクトに取り組みました。実はEVEOnlineにはゲーム内でWebを閲覧できるブラウザー機能があったのですが、セキュリティやメンテの理由によりCCPが削除したので、Nohasはブラウザがあったことでできていたいくつかの機能を復活させようとしました。

価格チェッカー機能
契約ウィンドウやカーゴスキャンからアイテムリストをクリップボードにコピーすると、自動的にポップアップウィンドウで価格情報を表示する機能でした。これにより、ゲームを離れてWebブラウザーで価格を調べる必要がなくなり、より没入感のあるゲーム体験を提供しました。

チャットウィンドウクローン機能
ゲーム内チャットウィンドウのコピーを作成し、セカンドモニターに移動できる機能でした。これにより、ゲーム内レイアウトを邪魔することなくチャットを監視できました。

ゲーム内ブラウザーの復活
CCPがゲーム内ブラウザーを削除した直後、このツールはその機能を復活させました。

しかし実際にはこれらのブラウザー依存のツールはNohus氏が唯一のユーザーでした。結果として、このプロジェクトも停止し、名前すら付けられることはありませんでした。

第三のプロジェクト:Rift Intel Fusion Tool

三度目の正直として、Rift Intel Fusion Toolは実際にリリースされ、大きな成功を収めました。現在では月間アクティブユーザー数が4,500人を超える人気ツールとなっています。

Rift Intel Fusion Tool:包括的なインテリジェンス(情報)ツール

Rift Intel Fusion Toolの主要機能を詳しく見ていきましょう。これらの機能は、現代のEVE Onlineプレイヤーのニーズを反映しています。

インテルレポート機能

多くのアライアンスでは、メンバーが敵の存在を報告するインテルチャンネルを運営しています。Riftは、これらのチャット報告を視覚的で文脈豊かな形式で表示します。

システム名が言及されると、そのシステムまでの距離が表示されます。キャラクターが報告されると、そのキャラクターのポートレートと詳細情報が表示されます。この「一見簡単に見える機能」が、実際には数千行のコードを必要とする理由については、私に直接聞いてみてください、と彼は冗談めかして述べています。

マップ機能

Riftのマップは従来のマップ機能に加えて、インテル情報を統合して表示します。システム周辺を軌道運動する小さな船のアイコンは、インテルチャンネルで報告された敵や、キルメールから判明した敵の存在を示しています。

マップには以下の情報も表示できます:

  • オートパイロットルート
  • ジャンプブリッジネットワーク
  • システムごとの直近1時間のジャンプ数
  • アセットの場所
  • クローンの場所
  • PI(惑星開発)惑星の場所

アセット管理機能

Riftのアセット機能は、ゲーム内のアセットウィンドウと完全に同じ外観を持ちながら、重要な違いがあります。すべてのキャラクターのアセットを一箇所に表示できることです。

これは特に、船をどのオルトキャラクターに置いたか忘れがちなプレイヤーにとって非常に有用です。60人以上のキャラクターを持つプレイヤーでも正常に動作することが確認されています(なぜそんなに多くのキャラクターが必要なのかは謎ですが、実際にそのようなプレイヤーが存在するようです)。

PI(惑星開発)機能

PI機能では、コロニーの状態をリアルタイムで確認できるだけでなく、将来の予測も行います。特定のストレージがいつ満杯になるかを時間や日数で予測し、アラートを設定することもできます。

Nohus氏はゲーム内PIユーザーインターフェースの完全な再現に特に力を入れており、アニメーションまで忠実に再現しています。

アラート機能

すべての機能に対してアラートを設定できます。例えば、近くのシステムで誰かがガンクされた時のアラートや、AFKプレイヤー向けに自分の名前がチャットで言及された際のモバイル通知などです。

サードパーティツールの全体像

ツールの定義と形態

サードパーティツールとは、EVE Onlineに関連するが CCP以外によって作成されたソフトウェアのことです。これらは様々な形態を取ります:

  • Webサイト
  • デスクトップアプリケーション
  • モバイルアプリ
  • スプレッドシートテンプレート

主要な例

zKillboard
数百万のキルメールを収集し、様々な統計を生成する巨大なWebサイトです。キルメールのリンク共有によるブラッキング(自慢)から、インテリジェンス収集まで幅広く使用されています。

GESI
Google SheetsにEVEデータをインポートできるツールです。EVEプレイヤーのスプレッドシート愛を考えると、極めて有用なツールといえます。

Pyfa(Python Fitting Assistant)
12年間継続して開発・更新されているデスクトップアプリケーションで、フィッティングの実験が可能です。

eveship.fit
Web版のフィッティングツールで、最新技術を使用して構築されています。

Alliance Auth
コアリション全体の管理を可能にする包括的なプラットフォームで、独自のプラグインエコシステムを持っています。

SMT(Slazanger’s Eve Map Tool)
ゲームマップとインテル機能を提供し、継続的に改良が進められています。

ツールの発見方法

新しいツールを発見したい場合、以下のリソースが利用できます:

GitHub上の「Awesome EVE」ページ
100を超えるサードパーティツールをリストアップしたページです。存在するツールのほとんどがここに掲載されています。

CCP公式コミュニティツールページ
CCPが最近開設した新しいページで、サードパーティツールを紹介しています。プレゼンテーション作成時は2つのツールしか掲載されていませんでしたが、現在は多数のツールが追加されています。

ツール開発の技術的基盤

プログラミング言語の選択

サードパーティツール開発には、事実上どのプログラミング言語でも使用できます。重要なのは、プログラミング経験がない場合、EVEツール開発は学習の優秀な動機となることです。自分の抱える問題を解決し、ゲームプレイを向上させることができれば、学習へのモチベーションが継続します。

EVEエコシステムには豊富なリソースとサポート体制が整っており、習得したスキルは他の分野にも応用できます。

データ取得の方法

EVEツールの開発において、最も重要なのはEVEデータへのアクセス方法です。以下のような手段が利用できます:

Static Data Export(SDE)

SDEは、ゲームプレイ中に変化しない静的情報の集合体です。これらの情報は、クライアントパッチでのみ更新されます。SDEには以下の情報が含まれています:

  • ゲーム内全アイテムのリスト
  • 全Shipの情報
  • 全ソーラーシステムの詳細
  • スターゲート接続情報

例えば、Riftのマップで各ソーラーシステムが正確な位置に描画されるのは、SDEに各システムの座標が含まれているからです。同様に、リージョンラベルの配置、セキュリティステータスによる色分け、惑星の位置なども、すべてSDEから得られる情報です。

フォーマットの選択肢
SDEは標準的にYAML形式で提供されますが、コミュニティによってCSV、SQLite、JSONなど様々な形式に変換されたバージョンも利用できます。

Image Server

CCPのイメージサーバーは、ゲーム内のあらゆるオブジェクトのアイコンへの直接リンクを提供します。これには以下が含まれます:

  • アイテムアイコン
  • キャラクターポートレート
  • コーポレーションロゴ
  • アライアンスロゴ

Riftのスクリーンショットで見られるアイコンや画像は、すべてイメージサーバーへのホットリンクです。この仕組みにより、アプリケーションに画像を同梱する必要がなくなり、開発が大幅に簡素化されます。

EVE Single Sign-On(SSO)

EVE SSOシステムについて詳しく理解することは、サードパーティツール開発において極めて重要です。

基本概念

EVE SSOは、GoogleやFacebookの「ログイン機能」と同様のシステムですが、EVEアカウント専用です。これにより、プレイヤーはアカウント詳細やパスワードを第三者に提供することなく、自分が特定のEVEキャラクターの所有者であることを証明できます。

キャラクターベースの認証

重要な特徴として、認証はキャラクターベースで行われます。一つのキャラクターでログインしても、同じアカウントの他のキャラクターが自動的に知られることはありません。これにより、プレイヤーのプライバシーが保護されます。

アクセス管理

プレイヤーは、EVE Onlineデベロッパーウェブサイトでログインしているすべてのツールのリストを確認でき、不要なアクセス権を個別に取り消すことができます。

開発者側のメリット

開発者にとって、EVE SSOは以下のメリットを提供します:

  • 独自の認証システムを構築する必要がない
  • パスワード管理の責任を負わない
  • 業界標準技術の使用
  • 多くのプログラミング言語で利用可能なライブラリ

スコープ(権限)システム

EVE SSOの最も重要な機能は、スコープシステムです。これは、モバイルアプリの権限要求と同様のコンセプトです。

開発者による権限指定
開発者は、アプリケーションが必要とする具体的なスコープを指定します。例えば、保存されたフィッティングへのアクセスなどです。

プレイヤーによる権限確認
プレイヤーは、ログイン前にアプリケーションが要求するすべての権限を確認できます。これにより、何の情報がアクセスされるかを正確に把握できます。

承認方法の限界
デフォルトでは、プレイヤーは要求されたすべての権限を承認するか、すべてを拒否するかのみ選択できます。個別の権限を選択的に拒否することはできません。

Riftの革新的アプローチ
Nohus氏は、Riftにおいて独自の解決策を実装しました。実際のEVE SSOログインフローが開始される前に、プレイヤーは各スコープに対してチェックボックスで個別に権限を設定できます。さらに、各権限の下に、なぜその情報が必要なのか、どの機能で使用されるのかの説明を追加しています。

この方式により、プレイヤーは完全なコントロールを持ち、興味のない機能に関連する権限は拒否できます。

EVE Swagger Interface(ESI)

ESIは、EVE Onlineのあらゆる情報にアクセスするためのAPIです。現代のEVEサードパーティツールの中核を成しています。

パブリック情報

認証なしでアクセスできる情報には以下があります:

  • システムごとの直近1時間のキル数
  • Factional Warfareの情報
  • キャラクターのコーポレーション/アライアンスメンバーシップ
  • SoV(主権)情報

認証が必要な情報

特定のキャラクターに関連する情報は、EVE SSOトークンを使用した認証が必要です:

  • アセットリスト
  • キャラクターの現在地
  • オンライン/オフライン状態
  • クローンリスト
  • インプラント情報
  • PI詳細情報

ESIの規模と重要性

ESIは現在200を超えるエンドポイントを提供し、毎秒6,000リクエストを処理しています。数千のサードパーティアプリケーションがこれを利用しており、EVEのゲームプレイ体験の多くがESIに依存しています。

コアリションは数千のメンバー管理にESIを使用し、個人プレイヤーはExcelスプレッドシートへのデータ取り込みに使用しています。EVEにとって必須のサードパーティツールは、ESIなしには存在し得ません。

継続的な改善

ESIは完璧ではありませんが、CCPは積極的に投資と改善を続けています。近い将来、ESIに関する新たなニュースが発表される可能性があり、ESI活用アプリケーションを開始するのに最適な時期といえます。

サードパーティAPI

コミュニティメンバーによって提供されるサードパーティAPIも豊富に存在します:

zKillboard API
キルメール情報へのアクセス

EVE University API
キャラクター詳細情報

EVE Scout API
メタリミナルストームの位置追跡

これらは、ESIだけでは対応できない特殊なニーズに応えています。

開発者サポートとコミュニティ

ヘルプの入手先

サードパーティツール開発で困った際の主要なリソース:

公式EVE Discord – Third Party Development Channel
多数のサードパーティ開発者とCCPメンバーが常駐し、質問に答えています。

EVE Developer Documentation
包括的な技術文書。情報が不足している場合は、プルリクエストやイシューの提出が推奨されています。

他の開発者コミュニティ
様々な開発者がDiscordサーバーを運営しており、より小規模なコミュニティへの参加も可能です。

オープンソースプロジェクト
多くのEVEサードパーティツールはオープンソースで、コードを直接確認して学習できます。

ツールの宣伝と普及

優れたツールを開発しても、認知度がなければ利用されません。以下の方法で宣伝できます:

EVEフォーラム

多くのツールがフォーラムスレッドとして成功した例があり、大きな注目を集めることができます。

コミュニティツールページ

EVE Onlineデベロッパーウェブサイトの新しいページにツールを掲載できます。

コーポレーション/アライアンス内での共有

コープメンバーをベータテスターとして活用し、公開前にフィードバックを得ることができます。

アライアンストーナメント広告

Nohus氏が実際に制作した広告ビデオが流され、その効果は劇的でした。広告放送後、Riftのユーザー数は2倍以上に増加しました。この広告は無料で、短いビデオを作成してCCPに提出するだけで実現できます。

EVE Onlineパートナーシッププログラム

サードパーティ開発者を含む、あらゆるコンテンツクリエイター向けのプログラムです。メリットには以下があります:

  • パートナー専用Discordサーバーへのアクセス
  • 他のパートナーやCCPメンバーとの交流
  • 開発ヘルプの入手(上級者向け)
  • ユーザーに配布可能なスキン

参加には月間アクティブユーザー1,000人以上という条件があります。

質疑応答から見える現実的な課題

プレゼンテーション後の質疑応答では、開発者が直面する現実的な課題が明らかになりました。

ジャンプブリッジネットワークの取得

ジャンプブリッジネットワークの情報はESIから取得できず、手動でリストを作成・インポートする必要があります。これは多くの開発者が直面する制約の一つです。

機能拡張の連鎖

Nohus氏によると、ツールをリリースすると、ユーザーから継続的に新機能の要求が寄せられます。一つの機能を追加すると、その機能に対してさらに5つの改良要求が出されるため、バックログは永続的に増加し続けます。彼の現在のバックログには5年分の作業が蓄積されているとのことです。

収益化の制約

CCPとの開発者契約により、サードパーティツールから実際の収益を得ることは禁止されています。ツールは無料で提供する必要があり、ISK(ゲーム内通貨)での課金のみが許可されています。これは趣味プロジェクトとしては問題ありませんが、大規模なサーバーコストが発生するサービスには課題となります。

ESIの制限と要望

開発者コミュニティからは、ESIに対する様々な要望があります:

  • より多くのエンドポイントの追加
  • 既存のバグの修正
  • ゲーム内ブラウザーで利用可能だった機能の復活(ISK送金ウィンドウなど)

これらの要望はGitHubのESI issuesリポジトリで管理されており、かなりのバックログが蓄積されています。

セキュリティとプライバシー

多くのツールがオープンソースであっても、実際に動作しているバージョンが公開されたソースコードと同一である保証はありません。開発者とユーザーの間には、ある程度の信頼関係が必要です。

EVEパートナープログラムのメンバーは、CCPとの契約に署名しているため信頼性があります。しかし、最終的にはスコープシステムによって、どの情報が共有されるかをユーザーが制御できるのがよさそうです。

ESIの技術的制約

ESIには以下のような制約があります:

  • 船の積荷内容の情報が提供されない(ガンク対策ツール等での悪用防止)
  • リクエスト制限(レート制限)の存在
  • クライアント側アプリケーションとサーバー側サービスでの制限の違い

これらの制約は、セキュリティとパフォーマンスのバランスを取るために設けられています。

まとめ:プレイヤーが織りなすエコシステム

EVE Onlineのサードパーティツールエコシステムは、プレイヤーコミュニティの創造性とCCPの開放的な姿勢が生み出した好例といえます。zKillboardからPyfa、そしてRiftまで、これらのツールはもはやEVE体験の不可欠な部分となっています。

技術的にはいまだ多くの問題があるのは確かですが、CCPは継続的にインフラを改善し、開発者コミュニティをサポートしています。新しい開発者にとって参入障壁は低く、EVE Onlineが単なるゲームを超えて、持続性あるデジタル世界の開発プラットフォームであることを示しています。

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