EVE Online: 自由世界と階層的組織の共存 – ゲーム理論的分析
EVEは自由度の高いゲームなのに関わらず、なぜ多くのプレイヤーが制約の多い組織の一構成員となり、結果としてスリルのない退屈な「ブルードーナッツ」な世界線を形成してしまうのでしょうか。その行動心理を経済学、とくにゲーム理論をもとにガチ考察してみようと思います。
ゲーム理論とは?
ゲーム理論は、複数の意思決定主体(プレイヤー)の相互作用を数学的に分析する理論です。経済学において、市場競争、交渉、協力、戦略的行動などを理解するための強力なツールとして広く応用されています。
ブルードーナッツ(Blue donut)とは?
ユーモラスかつ批判的な用語で、多くのNullsec同盟や連合が不可侵条約を結び、友好的な(青い)エンティティの大きな「ドーナツ」を形成している状況を表す。 その結果、戦争や紛争が少なくなり、ゲームのダイナミズムを損なうと主張するプレイヤーもいる。
1.はじめに
EVE Onlineは、その複雑で自律的な経済システムで知られる宇宙MMORPGです。「ニューエデン」と呼ばれる単一サーバー上の広大な宇宙において、プレイヤーは理論上無限の自由を持ちながらも、多くは自発的に厳格な階層構造を持つ組織に所属し、その制約下で活動しています。この一見矛盾する現象は、ゲーム理論の枠組みを通して理解することができ、現実世界の社会・経済システムへの洞察も提供してくれます。
本稿では、EVE Onlineにおけるプレイヤーの組織化行動とその制約の受容について、ゲーム理論の様々な概念を用いて詳細に分析していきます。
2.自由と制約のパラドックス
EVE Onlineの根本的な魅力は、ほぼ完全なプレイヤー自由度にあります。開発者であるCCP Gamesは、基本的なゲームメカニクスとルールを提供するだけで、経済、外交、戦争などはすべてプレイヤーに委ねられています。しかし、この極度の自由の中で、多くのプレイヤーは自発的に「コーポレーション(企業)」や「アライアンス(同盟)」と呼ばれる階層的組織に加入し、様々な行動制限を受け入れています。
なぜ自由を持つプレイヤーが敢えて制約を受け入れるのでしょうか。これはゲーム理論における「合理的選択」の典型例です。以下で詳細に分析していきます。
3.ホッブズの自然状態と社会契約論
EVE Onlineの環境は、政治哲学者トマス・ホッブズが描いた「自然状態」に酷似しています。ホッブズによれば、政府のない状態では「万人の万人に対する戦争」が発生し、人々の生活は「孤独で、貧しく、不快で、野蛮で、そして短い」ものになります。
EVEのハイセキュリティ宇宙(NPC勢力が治安を維持する安全な領域)を離れると、プレイヤーは文字通りこの「自然状態」に放り込まれます。誰でも攻撃でき、資源は限られており、強者が弱者を搾取する環境になります。
- 囚人のジレンマ状況: 相互不信の環境では、先制攻撃が「支配戦略」になります。全員が協力すれば全体の利益は最大化しますが、個人には裏切るインセンティブがあります。
- 社会契約としての組織: プレイヤーは「社会契約」を結び、自由の一部を組織に委譲することで安全と繁栄を得ようとします。これは明示的なルールと罰則を伴う「協力ゲーム」の構築です。
4.組織化の経済的合理性
●規模の経済と範囲の経済
EVEの複雑な経済システムでは、大規模な生産プロジェクトや資源採掘は個人では効率的に行えません。巨大なキャピタル艦の建造や広大な領土の管理には、多数のプレイヤーの協力が必要です。
- 閾値公共財ゲーム: 多くのプロジェクトは一定の「閾値」を超える人数や資源の投入がなければ成功しません。組織はこの閾値を超えるための協力を促進します。
- コミットメント問題の解決: 長期的な投資プロジェクトにおいて、組織は各メンバーの「コミットメント」を確保するメカニズムを提供します。
●取引コストの低減
組織に属することで、信頼できる取引相手の探索、契約の執行、情報収集などの「取引コスト」が大幅に削減されます。
- 反復ゲームによる評判メカニズム: 組織内では長期的な関係が前提となるため、裏切りのインセンティブが減少します。
- 情報の非対称性の克服: 組織は市場の不確実性を減少させ、内部取引や情報共有によって「逆選択」や「モラルハザード」の問題を軽減します。
5.安全保障のジレンマと軍事組織
EVEの宇宙では、富や領土を守るためには軍事力が不可欠です。しかし、個人プレイヤーが軍事的に自己防衛することは極めて困難です。
- 集合行為問題: 防衛は典型的な「公共財」です。全員が恩恵を受けますが、誰も貢献したくないという「フリーライダー問題」が発生します。
- 安全保障のジレンマ: 他のグループの軍事力増強は脅威と認識され、軍拡競争につながります。これは「エスカレーションゲーム」として描写できます。
●情報戦と諜報活動
EVEでは情報が極めて重要な資源です。敵の動向、市場の傾向、資源の所在などの情報は競争優位をもたらします。
- 不完全情報ゲーム: 相手の意図や能力に関する不確実性が存在する環境では、情報収集が重要な戦略となります。
- シグナリングとスクリーニング: 組織は新規メンバーの忠誠心を試すための様々なメカニズムを開発します。これは「不完全情報下の契約理論」の応用です。
6.階層構造の効率性
EVEの大規模組織は、軍事的な効率性を高めるために厳格な階層構造を採用しています。数百から数千のプレイヤーを調整するには、明確な指揮系統が必要です。
- コーディネーションゲーム: 大規模な艦隊戦では、全員が同じ戦術を採用することが重要です。階層構造は「調整の失敗」を防ぎます。
- チーム生産理論: 複雑なタスクにおいては、指揮系統が明確なチーム構造が最も効率的です。
●権力の集中と分散
興味深いことに、EVEでは権力の過度の集中も分散も非効率的です。最も成功している組織は、中央集権と分権のバランスを取っています。
- 不完備契約理論: すべての状況に対応する完全な「契約(ルール)」は不可能であり、一定の裁量権と意思決定権の委譲が効率的です。
- メカニズムデザイン: 成功する組織は、メンバーの自発的な貢献を促しながらも、全体の目標に沿った行動を確保するインセンティブ構造を設計します。
7.政治経済学的分析
●寡占的市場構造の出現
EVEの宇宙は数千におよぶNullセキュリティ星系システムがありながら、実際には少数の巨大アライアンスが領土の大部分を支配する「寡占状態」が生まれています。
- ネットワーク外部性: 大きな組織ほど新メンバーを引き付け、組織間の格差は時間とともに拡大します。
- 参入障壁ゲーム: 既存の大勢力は、新興勢力の台頭を阻止するための様々な戦略(資源の封鎖、略奪的戦争など)を採用します。
●同盟関係と勢力均衡
大規模な戦争において、単一の勢力が過度に強大化することを防ぐために、他の勢力が同盟を形成するという「勢力均衡」の原理がEVEでも観察されます。
- 協力ゲームにおける提携形成: 複数プレイヤーの提携形成は「シャープレイ値」などの概念で分析できます。
- 動的ゲーム: 同盟関係は固定的ではなく、状況に応じて流動的に変化します。これは「繰り返しゲームにおける戦略的安定性」の問題として分析できます。
8.プレイヤー心理と行動経済学
●リスク回避と損失回避
EVEでは、宇宙船の破壊は実質的な損失をもたらします。この「リアルな損失」への恐れが、プレイヤーの行動に大きな影響を与えています。
行動経済学的解釈:
- プロスペクト理論: プレイヤーは利得よりも損失に敏感で、リスクの高い行動を避ける傾向があります。
- エンダウメント効果: 一度手に入れた資産(宇宙船や領土)に対して、客観的価値以上の主観的価値を置く傾向があります。
●社会的アイデンティティと所属欲求
多くのプレイヤーにとって、組織への所属は単なる功利的な選択ではなく、社会的アイデンティティの重要な部分となっています。
- 社会的選好: プレイヤーは純粋な経済的利益だけでなく、帰属意識や仲間との連帯感も重視します。
- 集団アイデンティティ: 「内集団バイアス」や「外集団への敵意」などの心理的メカニズムが組織の結束を強化します。
9.実例分析: 有名な事件から学ぶ
●The Bloodbath of B-R5RB
2014年に発生した史上最大規模の宇宙戦「B-R5RB」は、単純な管理ミス(領土保持のための定期支払いの失敗)から始まりました。この事件は、小さな偶発的出来事が大きな結果をもたらす「バタフライ効果」を示しています。
- トリガー戦略: 長期的な平和状態においても、単一の「違反」が全面的な報復を引き起こす可能性があります。
- 不確実性下の意思決定: 不完全情報下での誤った認識が、意図しない紛争エスカレーションにつながります。
●The Fountain War
2013年のThe Fountain Warは、資源分配をめぐる経済的利害の対立から始まった大規模紛争です。
- ナッシュ交渉解: 交渉による平和的解決が失敗した場合、武力衝突が「次善の選択」となります。
- サンクコスト効果: 紛争が長期化するにつれ、すでに投じたコストが撤退判断を困難にします。
10.結論: 自己組織化システムとしてのEVE
EVE Onlineの社会経済システムは、中央権威の不在下で自然発生した複雑な自己組織化システムです。プレイヤーが自由な選択の結果として階層的組織に参加するという現象は、「見えざる手」が導く創発的な秩序の一例と見ることができます。
- 制度の創発: フォーマルなルールがない環境でも、プレイヤーは効率的な制度や規範を自発的に創り出します。
- 自由と秩序の両立: EVEは、極度の自由と高度に組織化された秩序が同時に存在する興味深い社会実験と言えます。
EVE Onlineの仮想世界で観察される現象は、現実世界の経済・政治制度の形成過程や国際関係の理解にも示唆を与えてくれます。自由市場と階層的組織の共存というパラドックスは、人間社会の基本的な特性を反映しているのかもしれません。

プレイヤーの成熟がもたらすゲームデザインのジレンマ
EVE Onlineの社会経済システムの成功は、皮肉にもゲームデザイン上の重大な課題を生み出しています。プレイヤー主導の制度形成と流動的なPvPコンテンツの間には本質的な対立関係があり、これはゲームの持続可能性に影響を与えています。
1.プレイヤー制度がもたらす矛盾
●安全性の過剰最適化
プレイヤーは合理的に行動するため、リスクを最小化しながら利益を最大化しようとします。組織化が進むと、以下の問題が発生します:
大規模同盟は「数による安全」を確立し、個々のメンバーは巨大な傘の下で比較的安全に活動できるようになります。しかし、これは「リスク」を取るインセンティブを低下させます。ゲーム理論的には、これは「リスクプール」と呼ばれる現象で、集団がリスクを分散することで個人のリスクテイキング行動が減少します。
結果として、安全第一の大規模組織の中では、冒険的なPvP活動が減少し、予測可能な収益活動(採掘、ミッション、生産)が優先される傾向があります。これはゲームの「面白さ」という側面からは矛盾を生みます。
●小規模グループの排除
効率を追求する大組織は、資源確保や領土防衛のために「最適プレイ」を発展させます。これは「ブルーボール」(圧倒的戦力差によるPvPコンテンツの非成立)や、小規模グループを組織的に排除する戦術につながります。
ゲーム理論で言えば、これは「共謀均衡」の形成です。大組織同士が暗黙の了解で競争を避け、代わりに新規参入者を排除する方が利益が大きいと判断する状況です。
●コンテンツの枯渇
皮肉なことに、プレイヤーが高度に効率的な組織を構築することで、本来ゲームを面白くしていた「予測不可能性」や「リスク/報酬のバランス」が失われる傾向があります。
これは「最適化の罠」と呼ばれる現象で、プレイヤーは効率性を追求するあまり、自分自身の楽しみを最適化によって減少させてしまいます。
2.開発チームが検討すべき対策とは?
●動的な環境変化の導入
進化ゲーム理論では、環境が定期的に変化すると、単一の支配戦略が長期間持続することが難しくなります。
具体策:
- ランダムな資源分布の変更(ミネラル鉱石分布の変更など)
- 予測不能な宇宙現象(StormやPochven、Zarzakhなど)の導入
- 季節制のイベント要素(Winter Nexusなど)
●スケールに対する逓減的リターン
組織の肥大化には自然な制限を設けることで、最適な組織サイズが無限大にならないようにします。
具体策:
- 大規模艦隊に対する新たな戦術的弱点の導入(メタドクトリン艦船のナーフなど)
- 大組織の調整コストを表現するメカニズム(例:指揮系統の複雑さによる効率低下)
- 大規模同盟に対する「帝国の衰退」メカニズム(広すぎる領土は防衛コストが増大:Equinox)
●小規模グループへのニッチな機会提供
多様な戦略が共存できる「戦略的ニッチ」を意図的に作り出します。
具体策:
- 少人数でしか利用できない隠れた資源ポケット
- 大規模組織には効率的に利用できない特殊な宇宙領域
- ゲリラ戦や非対称戦闘を奨励するメカニズム
●社会的インセンティブの再設計
金銭的/効率的インセンティブだけでなく、社会的認知や名声に関するインセンティブも重要です。
具体策:
- 大胆なPvP行動に対する社会的認知システム
- リスクを取るプレイヤーを称える特別なビジュアル効果や称号
- 物語性の高いイベントの公式記録や称賛
●実装上の課題と注意点
これらの対策を実装する際の最大の課題は、プレイヤーの自己組織化能力を阻害せずに、過度の最適化を防ぐ微妙なバランスを見つけることです。
また、これらの運営側の介入がプレイヤーの自己組織化能力を過度に制限しないよう注意する必要があります。EVEの魅力の一つは、プレイヤーが独自の社会構造を創発的に生み出せることにあるからです。
3.結論: 創発的複雑性の管理という課題
EVE Onlineが直面している問題は、単なるゲームデザインの問題ではなく、複雑適応系の管理という普遍的な課題を反映しています。秩序と混沌、安定と革新、効率と多様性のバランスをどう取るかという問題は、現実社会の制度設計にも通じるものがあります。
開発チームの課題は、プレイヤーの創意工夫を尊重しながらも、システムが固定化・硬直化しないよう、絶えず「創造的破壊」の機会を提供し続けることにあります。これは、安定性と流動性の両方を維持するという、現実社会の政策立案者が直面するジレンマと驚くほど類似しています。
参考文献
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